Mass spectrometry

産みの苦しみ
最近、MS/MSデータの新しい解析法についての研究成果が出てきました。自分たちで開発した方法(決して以下のERMS自身のことではありません)により多くの新しい発見ができるようになってきたのですが、どうも理解されない。=論文が通らない。一般性がない、信用できない、そんなことは30年前から誰でも知っているとかズタボロ言われますが、すべて勘違いとやっかみです。論文が出るのは時間の問題ですので乞うご期待。
私たちは、エネルギー分解質量分析法を用いて糖鎖の開裂様式を詳細に研究してきました。この中で構造異性体(アノマー異性体や結合位置異性体)の判別を極めて高い精度で達成できることを示してきました。この強力な手法によりα-とβ-ヘミアセタールのナトリウム付加イオン各々が相互変換しない(アノマー化しない)ことを発見し、また、独自に開発してきたStage-discrimination相関(SDC)法により証明ました。
これは、次のような理由から重要です。すなわち、質量分析法で糖鎖のシーケンスを決めようとするとき、しばしばヘミアセタールイオンが観測されます。このイオンがCID条件下で異性化しないということは、糖鎖配列中の特定グリコシド結合のアノマー異性を決定できるということです。
概念図を次ぎに示しました。ヘミアセタールを一度CID条件下分解していきます。このとき、残存するヘミアセタールイオンを再度分解してみます。(質量分析の定義にはない考え方です)apple.excite.co.jpCID条件下で各々のアノマーが異性化するとすれば、一回目のCID条件で異性化が進行していますので、二回目の条件では一回目と異なるスペクトルが期待できます。一方、異性化しないとすれば、一回目と二回目のスペクトルは同一となるでしょう。
このたび、私たちは分子量約16万ダルトンの糖タンパク質ケーオプチンの糖鎖多様性を含めた全配列の解析に成功しました。
ケーオプチンはショウジョウバエの視細胞に多く発現され目の形成に関与しているとされています。また、同一分子同士で凝集することが知られるロイシンリッチリピート配列を多数有するGPIアンカー型の糖タンパク質です。GPIアンカーは切断後、抗ケーオプチン抗体カラムで精製、得られた糖タンパク質をトリプシン消化してHPLCで分画化し、糖ペプチドをMS解析しました。
この結果、13カ所のアスパラギン結合糖鎖の存在が判明し、各々の位置におけるグリコフォームの解析も達成しました。
蟹江(よ)さん→東工大
質量分析法のみで判別できます
質量分析法は質量数と電荷の比によりイオン化した分析対象物を分離して見分ける方法です。同位体分析や、衝突誘起解離(CID)によりイオンの部分構造の解析、最近では、イオンー分子間の相互作用解析など様々な分析、解析が可能です。
しかし、質量分析法はその原理上一般的には構造異性体を見分けることができません。そこで、私たちが近年注目して展開してきたエネルギー分解質量分析(ERMS)法を利用してこの問題に取り組みました。ERMS法はイオンがCID条件下分解する際のエネルギーを走査することで、活性化エネルギーに関係する情報を解析する方法で、類似構造の判別においては一般的なCIDとは比較にならないほどの威力を発揮します。これは、各々のイオンが固有の活性化エネルギーを持つことによるためで、これを利用すれば異性体混合物の判別が可能と考えられました。
具体的には、解析イオンについて多段階でERMSを行い、例えば二段階目のERMSと三段階目のERMSを比較するとします。ここで、解析対象物が単一物質であるとき、両者が同一ですので完全な相関が得られます。しかし、解析対象物が混合物である時、物質事に活性化エネルギーが異なることから反応速度の差を反映し、両段数におけるERMSは異なることとなり、相関が小さくなるはずです。
この考え方に従い、200以上の解析を行って統計解析を行って、確かにこのstage-discriminated correlation (SDC)法により構造異性体混合物を判別する方法を発見しました。さらに、SDC法によれば、質量分析装置内で生じるイオンが混合物であるかどうかも判別で来ることが示されました。
糖鎖のエネルギー分解質量分析
定性的な構造解析としては、従来行われてきた個々の分子を対象とする分析のみならず、近年では糖タンパク質糖鎖の一斉解析や糖タンパク質のトップダウン解析に近い解析も可能となってきました。しかし、糖鎖にみられる構造異性体の構造決定は、まだまだ問題を含んでいます。すなわち、質量分析装置は本質的に同一質量の構造異性体を判別することができない問題です。しかしながら、MS/MS測定による断片化イオンのスペクトルを構造異性体について比較してみるとスペクトルに差異が認められる場合があり、この現象を利用してスペクトルマッチングに基づく構造解析法の研究開発が行われています。いづれにせよ、このようなスペクルデータからの構造解析は定性的であり、今後さらに有効な方法として確立するためには、データの定量的な解析が必要となってきます。このために重要なポイントは、構造異性体において確認されるMS/MSスペクトルの差です。すなわち、各断片イオン強度の差は、構造異性体を構成する似て非なる化学結合の結合エネルギーや金属等の配位位置の差異に由来するものと考えられるため、この定量的な解析が極めて重要となります。さらに、質量分析データの”互換性”の検討は極めて重要な問題で、この克服なくして特に、データベース参照型の構造解析法の真の完成はありません。
このような背景のもと、私たちは糖鎖の構造解析技術の確立に貢献すべく、質量分析データの定量的解析を目指し研究を行っています。用いる手法はエネルギー分解質量分析法(ERMS)であり、衝突誘起解離を引き起こす際の衝突エネルギーを走査し解析対象イオンの開裂過程とその際に生成するフラグメントイオンの形成過程を詳しく調査しています。特に、合成コンビナトリアルライブラリーを構造情報源として用いていることが独自な点です。これにより、極めて多くの構造に関する定量的情報を取得することができます。また、データの回帰分析により定量的な議論を可能としています。
これまでに立体異性体(アノマー異性体)の開裂における規則性を発見しています。また、結合位置異性体についてもある種の規則性を見いだしており、このような情報の蓄積が糖鎖の複雑な構造を解き明かすために役立つと考えています。
栗本さん→理研
質量分析
いきさつ
合成をおこなっていると反応性について良く議論しますよね。理研で研究していた頃、大橋陽子さんがとなりのラボで質量分析装置で色々な研究をされている姿を端で観察していました。
「あれほしい」
といっても高くて買うことができませんでした。3年越しの努力で購入資金を工面し、かねてからやりたかった物質の分解過程を活性化エネルギーに注目して解析する研究を始めました。
See you at
❖Proceeding of Japan Academy, Series Bの表紙として採択され質量分析学会会長(和田芳直先生)のありがたい紹介文まで頂きました。