Osamu World
Osamu World
駅の案内の謎
2010年1月12日火曜日
最近地下鉄をよく使うようになってきた。
お上りさんとしては、あんなに使いにくいものは無く、少しくらい高くっても景色を見ながら地上を移動していた。地下鉄の、というよりも日本の問題なのだが、問題は、サインが何を指しているのか分からないことが多いことだ。
「上向き矢印」一つとっても、これが「直進せよ」なのか「上に登れ」なのか不明な場合がある。もちろん、階段もエスカレータも無いところにあれば「直進」であることは分かるが、ホームの中程の階段脇に「これ」があると困る。時々、案内の矢印に従って駅構内を歩いてみることもある。しかし、多くの場合は「迷子」となる。
よく市役所等で「ここは部署が違う」などといわゆるたらい回しにあって、ちょっと聞きたいことがあるだけだったのにそれ以上の問題に出くわすことがある。ふと思うのだが、日本とは元来このように右のものを左にやったりその逆をしたりすることで、皆が食べてきた風土があるのではないだろうか。そう考えると、サインが分かりにくいのも良くわかるし、たらい回しもよくわかる。分からないことで、いろいろな人とコミュニケーションをとり、色々な勉強をして、対応した人はそれによって仕事をしたことにもなっている。
経済活動は、やはりお金が動いていさえすれば良いと考えられるので、どうも本質的な共通点があるように思える。もしかすると日本に限った問題ではなく、私たち人類の問題なのかとも思えてしまう。しかし場所は忘れてしまいましたが、世界には非常に分かり易いところもある。券売機には路線図があるのだが、自分のいる駅を中心とする色分けされた同心円で金額が示されている。これに対して日本の路線図にはところ狭しと金額が並んでいる。そこにあるメッセージは同じでも煩雑である。
やはり、日本の問題のように思う。最寄り駅はJR横浜線成瀬駅なのだが、ここにも「日本の変」があった。プラットホームのある一方を見ると両方面の案内がある。とりあえずついてれば良いでは困る。サインとは分からない人のためのものなのだから単純明快でなくてはならない。分かる人はサインを必要としていない。お上りさんの目線で物事をよく考えてもらいたい。
もしかすると、いろいろな人(人種)が共に暮らす国では、サインが良くできているのかもしれない。日本は所詮単一民族の国、土着民の国なのだろう。
<社会>
「方面」を示す案内は「とりあえず」つけておけば良いはずが無い。プラットホームのある方面を向いた時に、どうして両方面の案内が見えるようになっているのか?
.................. JR横浜線成瀬駅