Osamu World
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生きる力と金
2010年3月12日金曜日
野生動物は生まれて一年以内に半数が死んでしまう。死ぬ事で他の生き物の命を育み、また、このようにしてより強い個体の遺伝子が結果として選ばれる。このような生きる力は、ある動物種に限って見ると、ある意味単純なのかもしれない。もちろんこの他にも、確率的な要素が大きく反映されるし、肉体的にいくら強くてもウイルス感染等に対しての「選択」も行われていく。
このような因子で生きる力(Nl: Nature to live)を式で表すなら、肉体的な強さ(物理的完全さ)をfi (factor integrity)、確立因子をfp (factor probability)、感染等の疾病因子をfd (factor disease)とすれば、
Nl = fi * fp * fd
人間も基本は同じはずなのだが、このように因子に分解して考えてみると、現代社会において必ずしもそうではない。というより、この他の因子が関与していることがわかる。例えばfiについては医療の充実と共に寄与度が小さくなっていると考えることができる。これは、もちろん良いことなのだが、種として良いことであるかと問うてみると誰も答えることはできない。歴史として判断されるものである。問題は、医療がfiを改善するように作用しているのだが、医療は経済力に依存する関係にあることだ。すなわち、現代社会においてfiは、fm (factor money)に置き換えることができそうだ。不健全かつ不謹慎な話しに聞こえる。
Nl = fm * fp * fd
それでは、そのようなくだらない現実が本当にあるのか検証してみよう。
保健に加入できない者の死亡率が高い。(各国)...国家として人権侵害
経済力のある者は好みの精子を買うことができる。(アメリカ)...基本的にモラルが低い
売春による出産を経済力のある国民が”うながす”(各国)...基本的に犯罪
...やはり、不謹慎な話しになってきた。しかし、経済力が人の命に関わる因子の一つとなっている事は否定できないようだ。
それでは、これらは肯定されるべきなのか?明らかに嫌気のさす事実ばかりだが。考えてみれば、これらは、経済力と関係はあるが、更に上位概念の道徳であったり人権を侵害している。それでは、どうしてこれらの行為が罰せられることはあっても無くならないのか?理由はともかく、無くならないという事は少なくとも現代においてはNlはfmの影響下にあるということができる。
いろいろと問題が多い世の中だが、少なくとも憲法に明記してある基本的人権が保障されていない現実を、国家は真剣に考え是正する義務がある。